2013-08

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 こんばんは、馬場です。
今回は、食のコミュニティ・ビジネスを営む有限会社大文字さんを紹介させていただきます。

 大文字さんは、津山市小原にあるお菓子屋さんです。ここの注目すべきお菓子の一つに、「津山ロール」があります。津山ロールは、津山産の小麦である「ふくほのか」を使用しています。大文字さんのホームページによると、この「ふくほのか」は現在、産学官民協働による農商工連携により生産に取り組んでおり、大文字さんはその小麦粉を活用した食文化の向上と新しい地域活性化事業に取り組まれているようです。「ふくほのか」の特徴は滑らかな喉越しとしっかりしたコシ、もちもち感と口に含むと豊かな小麦の香りが挙げられます。

 ちなみにこの津山ロールは、大文字さん以外にもこの地域で7社つくられているところがあるそうです。元々津山ロールは、この地域の和・洋菓子店が「津山特産の小麦粉を使って何かできないか」と何度も話し合い、出来たようです。8社各店が『津山産小麦粉「ふくほのか」を使い、地域特産品を目玉にしたものにする』というルールと目的の元、独自のロールを開発しました。

 そんな大文字さんが作られる津山ロールは、現在3種類あります。一つは、作州産黒豆きな粉と地産の自然薯を使った「黒豆きな粉ロール」です。こちらは香ばしい黒豆きな粉の入った生地と甘さ控えめなクリームを使われたロールケーキです。二つ目は、大文字さんこだわりの地産の自然薯を使った「モカロール」です。クリームに黒豆きな粉と珈琲わらび餅が入っていて、そのまま食べても、冷やしてから食べてもおいしいそうです。そして最後の一つは、「パンプキンロール」です。こちらは、かぼちゃをそのままペーストにして生地に使っています。クリームはバタークリームにかぼちゃ餡を練りこんでいます。また、炒ったかぼちゃの種が良いアクセントになっています。どれも一本18センチで、価格は1,260円(税込)と、値段もそこまで高くはないので、「ちょっとした贅沢」として気軽に買えるのもよいところです。

 大文字さんの会社概要には『“おいしいもの”というのは単に味が良いということだけでなく、安心して食べられることも含めておいしいものと言います。弊社ではお客様に安心して食べていただけるように、良い材料の選別を徹底しております。』とコメントがありました。大文字さんは、津山ロール以外にも地元産の原料を使ったお菓子を作られていますが、それも「安心できる食材を使いたい」という気持ちもあってのことでしょう。私も今度帰省するときには津山ロールを是非食べてみたいです。

大文字さんのホームページはこちら
http://www.daimonji-honpo.com/tsuyamarool.html
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児島の注目企業第15弾

 こんばんは、渡邊です。

 今回も、児島の注目企業をご紹介します。いつも料理をする上で欠かすことのできないものをつくっている会社です。

☆山県化学株式会社(まな板メーカー/児島下の町)

 1958年(昭和33年)創業。資本金2,000万円、従業員数10名(2013年4月現在)。

 プラスチックまな板及び調理器具を製造販売しているメーカーです。プラスチック製のまな板を日本で初めて開発したのは、この山県化学さんであるとされています。

 “せんいのまち”である児島。縫製メーカーにおいて昭和32年当時、生地の裁断台として木製の板が使われていました。しかしそれは木製であるがゆえに傷みやすく、耐久性に乏しいものでした。そこで創業者の山縣章宏氏がプラスチック製のものを開発したところ好評を得ました。しかし、従来の手ノミ裁断から電気裁断へ裁断方法が変わると裁断台の需要が激減したため、まな板へと用途変更し、プラスチックまな板が生まれました。

 そんな、プラスチックまな板のパイオニアともいえる同社の主力は「はがせるまな板」です。このまな板は薄い樹脂を何枚も重ねることで、古くなったら表面を簡単にはがすことができます。包丁を層に差し込むだけではがすことができ、いつも清潔なまな板を使うことができます。まな板というと、使っていくうちにだんだんと傷や黒ずみが出てきて、目立ってくると新しいものを買う、というイメージがありますが、これだと永く衛生的に使うことができていいですよね。なお、このはがせるまな板は特許を取得しています。

 現在ではまな板の他にも、にぎり寿司やおむすびづくりに便利な「押し型」や包丁差しなど、調理に役立つ商品をいろいろとラインナップし、業界のニーズに合った商品を全国展開しています。

 もともとは学生服の襟芯をつくっていたところが、出入りしていた縫製メーカーの裁断作業からプラスチックの裁断台を開発し、さらにそこからプラスチックまな板を生み出し、そしてさらにはがせるまな板を開発するという、そのアイデアの豊富さと技術力には感銘を受けるばかりです。しかしその一方で、成功の裏側には、販売先獲得のために日々深夜から早朝にかけて全国の魚市場をまわり魚屋さんや料理店等に売っていったという創業者夫妻の努力があったといいます。革新的なものをつくったとしても、業界に認知されるまでには相応の努力が必要であるということがわかります。

○山県化学ホームページ
http://www.manaita.co.jp/
○ショッピングサイト
http://elena.shop-pro.jp/
○くらしき地域資源ミュージアム―プラスチックまな板
http://www.kurashiki-shigen.com/web/index.cgi?c=product-2&pk=60
○ザ・ビジネスモール―山県化学株式会社
http://www.b-mall.ne.jp/CompanyDetail-CQbqCQewJThv.aspx

宮下酒造

こんばんは、馬場です。
相変わらず暑い日が続きますね。私は以前に、暑い夏にはイ草が良いと言いましたが、そういえばイ草業界に限らず、酒業界も夏は活気がありますね。私は現在、リカーショップでアルバイトをしていますが、お酒、とりわけビールが飛ぶように売れます。とはいえ、地元の酒造さんでは焼酎やリキュールは作っていても、中々ビールを作っているところはありません。そんな中、岡山の酒造でビールを作っている宮下酒造株式会社さんを今回は紹介したいと思います。

 宮下酒造さんは岡山市中区西川原にある会社。創業は大正11年と、こちらも伝統のある酒造さんです。ここの大きな特徴は、先述の通り、ビールを作っていることです。宮下酒造さんはなんと中国地方で初めて地ビールの販売を始めた酒造さん。独歩ビールと呼ばれるブランドのビールは10種類以上にも及び、バリエーションも豊富です。私も一度、岡山のお米である雄町米を使った宮下酒造さんのビール「雄町米ラガー」を飲みましたが、雄町の特徴である旨味のあるビールで、美味しかったです。

 ちなみに宮下酒造さん、ビールについ目が行きがちですが、他にも焼酎、リキュール、スピリッツなど、他のお酒も非常にバリエーションが豊富。そのお酒も、雄町や桃やマスカット等、岡山由来の素材を使ったものもあれば、全くゆかりのないものまで様々で、枠にとらわれない感じがしました。私は見ていて個人的にですが、「どちらにせよ、良いものが作れることが一番大切なこと」という印象を受けましたね。理由としては、日本酒の「極聖」は平成24酒造年度全国新酒鑑評会で金賞受賞、ビールも岡山の素材のものとそうでないものが全国酒類コンクール、地ビール部門四年連続第一位受賞という輝かしい経歴を持っており、どのジャンルのお酒も高い評価を受けていたからです。

 私は宮下酒造さんがどの種類のお酒でも高評価が得られているのは、製品のクオリティが安定して高いからだと思いました。酒造によっては規模が小さいと、常に醸造を行う人が殆どおらず、仕込みの時期にアルバイトを雇うだけで、なかなか技術の継承がうまく行われないところもありますが、宮下酒造さんのホームページを拝見したところ、宮下酒造さんは、数年前から杜氏の元気なうちに技術を継承して、常勤社員による酒造りを目差すことに方針を決定された模様です。 そのために、できるだけ機械化が必要であると考え、工場の自動化にも努めてきたそうです。実際に宮下酒造さんのホームページを見ても、現在は醸造スタッフを2~3名募集しており(新卒、中途問わず)技術の継承を行うための投資が目に見える形で行われていました。

 よいものを様々なバリエーションで作ろうとされる宮下酒造さん。次はどんなお酒を作られるのか楽しみにしつつ、帰省したら地ビールで渇いた喉を潤したいと思う今日この頃です。

宮下酒造さんのホームページはこちら
http://www.msb.co.jp/

児島の注目企業第14弾

 こんばんは、渡邊です。

 さて今回は、繊維関連とはまた別の企業についてお話しします。児島の発展を支えてきた、塩づくりをしている会社です。

☆ナイカイ塩業株式会社(製塩業・化成品製造業・不動産事業/児島味野)
 
 文政12年(1829年)創業。昭和9年(1934年)設立。資本金180,000,000円。
 
 温暖で晴天日数が多く、また干満の差が大きい瀬戸内海を擁する児島は、海水を原料とした塩づくりに適する土地でした。文政12年、創業者の野﨑武左衛門は味野浜と赤﨑浜のあわせて48町9反の塩田「元野﨑浜」を完成させ、塩づくりを始めました。
 
 ここでつくられた塩田は「入浜式塩田」といい、海面より低くつくられた塩田に、干満の差を利用して引き入れた海水を毛細管現象で砂の表面にしみ出させ、その砂を動かして濃い塩水を採るというものです。その後武左衛門は児島半島の東側、玉野市の山田地区や胸上地区にも塩田を築き(東野﨑浜)、全国の製塩業者の中心的役割を果たしていきました。
 
 その後、時代の流れとともに塩づくりの方法も変化し、昭和19年からは、入浜式塩田から「流下式塩田」に転換します。流下式塩田は、ポンプでくみ上げた海水を緩やかな傾斜のついた粘土盤へ流し、さらに竹の枝を組み合わせて作った枝条架(しじょうか)から滴下させることを繰り返して蒸発させ濃い塩水を取り出すものです。入浜式にくらべ、生産量は3倍、労働力は10分の1になりました。
<文章だけではわかりにくいと思いますので、当時の塩田の写真などは下のリンク集の野﨑家塩業歴史館トップページから「フォトギャラリー」をクリックしご覧ください。>

 そして昭和44年には「膜濃縮製塩法」に転換。電気の力で濃い海水と薄い海水に漉し分けるこの方法の開発により、塩田はその役目を終えます。のちに児島の塩田跡地にはJR児島駅やいくつもの商業施設ができ、新たなまちとして生まれ変わりました。
 
 現在、玉野市のかつて東野﨑浜だったところに、ナイカイ塩業さんの製塩工場があります。180年つづく伝統を受け継ぎ作り続けている塩は、「野﨑の塩」として、地元をはじめ多くの人々に親しまれています。また現在では塩だけでなく、塩化マグネシウムなどの高品質な化成品もつくり出しています。工業製品や医薬品の原料として使われているマグネシウム製品の生産高は年々伸びているそうです。
 
 塩田時代から製塩業を続ける唯一の企業であるナイカイ塩業さん。その企業理念の中に、「人材の育成に努め不滅の企業体質をつくる」というものがあります。武左衛門が築き上げた広大な塩田を守り発展させ、工業化後もずっと高品質の塩づくりに努めてきた180年余りの歴史から、この言葉の重みが感じられます。今後もその伝統を受け継ぎ、人々に愛される製塩会社であり続けてほしいです。

○ナイカイ塩業株式会社ホームページ
http://www.naikai.co.jp/
○くらしき地域資源ミュージアム―ナイカイ塩業株式会社
http://www.kurashiki-shigen.com/web/index.cgi?c=shop-2&pk=104
○野﨑家塩業歴史館(野﨑武左衛門が天保4年から建築した屋敷)
http://www.nozakike.or.jp/
○岡山県の創業100年超企業―ナイカイ塩業株式会社
http://www.pref.okayama.jp/sangyo/sangyo/100year/detail/detail02/company30.html

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